近世になってくると、日本人の間に「猩々は人に福をもたらす神様の化身である」というイメージが出来てきます。このような猩々観の成立には、能の演目にある「猩々」が大きな役割を果たしたと考えられています。まず、能の「猩々」のストーリーを見てみましょう。
むかし潯陽の傍らの金山というところに、高風という名前の親孝行な若者が住んでいました。彼は、「市でお酒を売ればお金持ちになれる」という夢のお告げによって酒売りとなりました。店はたいへん繁盛し、しだいに裕福になって行きました。その店に不思議な客が毎日やってきて、いつも酒を飲んでゆくのですが、まったく顔色が変わりません。不思議に思った高風が、その客に名前をたずねたところ、「自分は海中に住む猩々である」と告げて立去ってしまいました。
驚いた高風が川のほとりで酒壷を供え、一晩中待っていると、突然、猩々が現れました。猩々は高風といっしょに酒を飲み、高風の親孝行ぶりをほめたたえました。そして、少し酔いがまわったところで舞を舞い、いくら汲んでも尽きることがない酒壷を彼に与えて、ふたたび海中に帰って行きました。 |
能が成立した室町後期は戦乱の世の中でもあり、能のストーリーも死者の亡霊が出てくるような暗い話が多いのですが、「猩々」は明るいキャラクターの精霊であり、庶民にも親しみやすかったのでしょう。江戸時代には、能の「謡(うたい)」が庶民の間にも流行し、しだいに猩々は「赤い顔をした陽気な酒の神様で、親孝行のシンボル」という良いイメージが定着し、民間信仰に近い形で広がって行きます。そして、祭りにも、いろいろな場面で取り入れられて行くようになりました。 |